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東京の家から羽田に向かって乗った電車は通勤ラッシュをすぎた平日の朝にも関わらず人が多い。 空港へ近づくにつれ自分のように荷物を抱えた人も増えていくが、小さめのキャリーケースでも幅を取り、時々人様の足に引っ掛けては舌打ちをされたりもした。 タイミングよく座れた座席で、言い知れない不安のままハンドバッグを抱え込む。 俯けば目の前が真っ暗で、周囲のざわめきが私を責める会社の人たちの声に聞こえて耳を塞ぎたくなった。 羽田空港が都心からそれほど遠くはないことだけが救いだったかもしれない。 11:45発、鹿児島空港行き。 電光掲示板で日本大手航空会社の便を探しながら「定刻通り」の文字を見て一息つく。 台風も夏休みの季節もすぎて落ち着くころかと思いきや、グランドスタッフがあちこちで慌ただしく走り回っていた。 これから、どうしたものか。 まだしばらく搭乗が始まらないらしいゲート前の待合で空を見上げる。 いくつもの飛行機が飛んで行っては帰ってき、準備のためにとあちこちを移動する。 手に握っていたペットボトルが汗をかいて自分の手を濡らしても、思考の渦止は止まりそうもない。 どうしよう、仕事を投げてきた。 でも、あれ以上は無理だった。 これ以上すり減らすものはもうない。 じわりと滲んでくるものが落ちないように深呼吸をすると、弱く吸った空気が音を立てる。 吐き出したものは重々しいのに、胸のわだかまりを持って行ってはくれなかった。 死ぬか、この環境から逃げるか。 二者択一まで追い詰められて、私は何を思ったか「生きる」方を選択したのに、その選択肢に確たる自信を持つことも安らぐこともできずにいた。
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