忘れたくない人(ラウル)

4/15
405人が本棚に入れています
本棚に追加
/141ページ
 熱い手が頬に触れた。そしてそっと、撫でられる。どうしてだろう、力が抜ける。そっと導かれるように触れられていったら、そのままキスをしていた。  ジリジリっと痺れる。頭がぼやけそう。逆上せたみたいにぼんやりして、もっと欲しくなる。 「何を失っても、其方は変わらぬ。其方の心はそのままだ。ならば、私は恐れはしない。愛しているよ、ラウル。昔も、今も愛している。何があっても、恐れるな。私が其方を捨てる事は、ありえぬ」  近い距離で言われる睦言が、こんなにも嬉しく響く。ドキドキして、もっと触れてみたいと思う。  だから疑わない。この人と、恋人だった。この人が好きな気持ちは、何を無くしても残っていた。大事なものはちゃんと、胸の中にあった。  その後、シウスが眠るまでラウルは沢山の話しを聞いた。シウスの一族の事、一緒に行った歌劇の話し。好きな食べ物、一緒に過ごした時間。  どうして、こんなに大切なものを忘れてしまったのだろう。聞くと、悲しくなる。早く色々と、戻ってきてほしい。沢山の思い出が戻ってきたら、沢山の幸せも戻ってくる気がする。  でもどうしても、苦しいに触れたくない。心の中が苦しくて、悲しくて、息ができなくなりそう。この苦しいが沢山の感情に蓋をしている。そんな気がした。     
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!