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「先日、お見かけしたんです。
俺、他にもバイトしてて、そこの居酒屋で。」
「あぁ…。」
彼は気まずそうに目を逸らすと、グラスに口をつけた。薄く開いた唇を目で追い、少しだけ身を乗り出して彼に近付いた。
「その後も、バーのエレベーターですれ違ったんだけど…。覚えてないですよね?」
彼は少し考える風に空を見て、ハッとした顔で俺を見た。
「俺、あの時、運命みたいなのを感じました。
だって、好きな人に会えるって偶然が、同じ日に二度もあったから。」
困ったように視線を外して、俯いた彼のコースターをトントンと指で叩き、静かに裏返した。
そこには、俺の名前と電話番号が書いてある。
「あなたの事も、知りたい。」
明らかに彼が困惑しているのが見てとれるが、それでも、俺は話し続けた。
「今夜は、誰のモノにもならないで。
この後、会えませんか?
俺、あと一時間くらいで上がりなんですけど…。」
「いや、あの…。」
彼は口ごもり、目を泳がせる。動揺しているのだと思う。
もう一押し…。
そう思って、グラスを包むようにテーブルに置かれた彼の手に、そっと手を添えた。
「お願い。」
甘えるように彼の顔を覗き込むと、顔を背けられた。
「ここで、待っててくれる?」
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