追う者と追われる者

18/27
前へ
/352ページ
次へ
「先日、お見かけしたんです。 俺、他にもバイトしてて、そこの居酒屋で。」 「あぁ…。」 彼は気まずそうに目を逸らすと、グラスに口をつけた。薄く開いた唇を目で追い、少しだけ身を乗り出して彼に近付いた。 「その後も、バーのエレベーターですれ違ったんだけど…。覚えてないですよね?」 彼は少し考える風に空を見て、ハッとした顔で俺を見た。 「俺、あの時、運命みたいなのを感じました。 だって、好きな人に会えるって偶然が、同じ日に二度もあったから。」 困ったように視線を外して、俯いた彼のコースターをトントンと指で叩き、静かに裏返した。 そこには、俺の名前と電話番号が書いてある。 「あなたの事も、知りたい。」 明らかに彼が困惑しているのが見てとれるが、それでも、俺は話し続けた。 「今夜は、誰のモノにもならないで。 この後、会えませんか? 俺、あと一時間くらいで上がりなんですけど…。」 「いや、あの…。」 彼は口ごもり、目を泳がせる。動揺しているのだと思う。 もう一押し…。 そう思って、グラスを包むようにテーブルに置かれた彼の手に、そっと手を添えた。 「お願い。」 甘えるように彼の顔を覗き込むと、顔を背けられた。 「ここで、待っててくれる?」
/352ページ

最初のコメントを投稿しよう!

872人が本棚に入れています
本棚に追加