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「伊佐のことはだいたいわかったしな。こっちに持ってきた動画の編集作業もおおかた片付いてん。撮影機材は、大阪に置きっぱやから」
仕事が理由なら、仕方ないのかもしれない。だけど、悲しかった。
巽さんが立ちあがった。数歩前に出て、私に背をむけたままで、また私の名前を呼んだ。
「俺はまだ、ここに決めてへん」
そんな気はしていた。私は、巽さんの背中をみつめる。汗で、Tシャツが濡れている。
「結も、好きなところへ行ったらええと思う。どこへでも」
振り向いた。
「そんでな。もしか挫折しても、帰ってくる場所がここなら、なーんにも、怖いことないやんか!」
私はきっと、ここを出て行く。
それなのに、巽さんにはここを選んで欲しいと思う。いけないとわかっているのに、涙が溢れる。
ぼやけた視界の中で、巽さんは、両手を広げた。
「こんなにようけのカッパが、待っててくれんねんで」
私は笑った。泣きながら、笑った。
<了>
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