青世界の上條ミキル

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 僕は高校からの帰り道で、黒い子猫を拾った。  二ヶ月前に入学式を終えた後、僕は帰宅部としての生活を満喫していた。それなのに思いがけないハプニングだ。  僕は特に猫が好きではない。  しかし、梅雨の入りを迎えた町に静かに降り注ぐ雨を受けて、物陰に隠れるでもなくただ濡れるに任せていたその黒猫を、どうしても放っておくことができなかった。  僕の町は元々雨が多い。梅雨時は、ほとんど毎日降っている。  問題は、僕の家がペット禁止のアパートであることだった。  一応雑菌などが気になったので、鞄に入っていたコンビニのビニール袋を乗せた両手の平の上。子猫は段々弱ってきているように見えた。  とりあえず屋根のあるところへ行かなくては。僕は状態を折って猫の屋根代わりになっていたが、もちろん充分な屋根ではない。  同級生の上條ミキルに声をかけられたのは、そんな時だった。 「その猫、どうしたの」  上條は一応傘はさしていたが、制服のスカートは雨粒を受けて濡れていた。肩甲骨の下まである長い黒髪も、先の方がずいぶん濡れている。  この日この時まで、僕らはほとんど会話したこともない。挨拶すら交わした覚えがなかった。  僕は少し気後れしながら、 「捨て猫みたいなんだ」 と答えた。 「もしかして、飼えなくて困ってる?」 「慧眼、恐れ入るよ。僕のカバンに折りたたみ傘が入っているから、広げてくれるだけでも助かるんだけど。……できれば、その上で持ってくれたりすると」 「私の青世界、使ってもいいけれど」 「あお? 何?」  なんと言ったのかよく分からずに首をかしげた僕の目の前で、上條は傍らの水溜まりに靴先を浸した。  すると、その足が、明らかに水深――アスファルトだから、せいぜい数センチのはずだ――を無視して沈みこんだ。 「え!?」 「早くおいでよ」  上條は言うが早いか、足から腰、胸、そして頭の先まで、水溜まりの中に消えた。 「なんだ……なんで?」  混乱しながら、僕は上條と同じようにしてみた。  黒い革靴の先を水溜まりに、差し込むように沈める。  入った。足首まで。  次の瞬間、僕の体は完全に水溜まりの中に落ち込んだ。
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