雨は湿気と憂鬱を運ぶ

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お姉ちゃんは私にとってのお手本だった。 礼儀正しいだけではなく、ひたむきに勉強をしたり、親に反抗せず常に相手を思いやる行動をする人だった。それが、とても辛かったのだろうか。 「姉は常に妹のお手本とならなければならないと考えていたけど、そんなことはどうでもいいのかもね。一人の落ちぶれた人間になって、初めて私は私になれた気がするの」 私の返事を待たずして続ける。 「あの時にはすでに目が見えなくなることが分かっていたの、治らないってね。どうして私がこんな目に合うのか、神様を呪ったわ。そしてあなたのことも。私が描けない”風景画”を楽しそうに描いてて、とっても悔しかったの。だから、強く当たっちゃったのよ」 「私が水色の雨を降らせたことに対して?」 「そう、雨に色がない、当然なことなんだけどね。何を強がってしまったのか。『こいつはありもしない色を使って私を笑っているのか』と考えてしまった」 お姉ちゃんは一通り話したところで気持ちが軽くなったのか、ふうとため息をついてしばらく口を開けずに目をつぶっていた。 お姉ちゃんが秘めていた思い、それは自身に対する厳格な態度を貫くこと。どんな運命だろうが強く生きることでプライドを守ること。しかし、人間はずっと強くいられるわけではない。そのほころびが現れたのが、絵具事件と自傷行為だったのだろう。お姉ちゃんとしての完璧を貫く傍ら、不完全になっていく体に悩まされる日々。それは、自身をどこまでも追いつめていく。だから、そんな自分を捨てて一人の人間になることが必要だったのだ。 「それでも、お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだから。私は好きだよ」 くさいセリフだなと恥ずかしく思い、顔が赤くなってしまった。 「そう、私もあなたが好きよ」 対してお姉ちゃんの顔色は白く、しかし少しだけ力強さを感じる色だった。 「あっ、ほら、聞いて!雨が止んでるよ」 「あら、本当だ」 「それでね、空に虹がかかっているんだよ」 太陽に照らされた横顔は、まるで自分が風景に虹を与えているかのように輝きに満ちていた。 「この病院から見える風景、あの頃に似ているね」 緑の雑草、茶色の鳥、灰色の雲は晴れて青々としている。 その感動的な風景をお姉ちゃんはどう想像したのか分からない。しかし、その目からはきらりとした涙が流れていた。 「あっ、ほら、お姉ちゃんの涙、虹色に輝いているよ」
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