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消毒液の匂いと特有の翳りある白をそこに閉じ込める役割でも担ったかのような、分厚い硝子扉を押し開けると、初夏の光を孕んだ風がひとすじ、僕の頬を掠めて待合室へと吹いていった。
大学病院のロータリー。木漏れ日が、手製レースのような繊細な模様を作っている。
その上に停まった家の車には、愛しい婚約者が先に戻っている筈だ、僕は瞬間的に気分を穿き替え、そうして笑んだ。
車に近づき、少し屈んで後部座席の窓をノックすると、運転席の後ろに座っていたお姫さまは、すみれのように細い首を傾げて微笑み返してくる。
洗い立ての絹糸のような金の髪。釉をかけた陶磁器のような乳白の膚。翠を一滴垂らした蒼穹の瞳。硝子の骨格を想起させる精緻な鼻。潮浸しの貝殻に似て、青みを帯びた薄紅の唇は、常に柔和な弧を描いている。
清廉さと儚さ、優しさと幸福感を体現するかのような婚約者の容は、パステルで描かれた虹に似て、実在感に乏しい。
僕は見惚れながら、交差する眼差しにやがて悲しくなり、ドアを開けるのに紛れて目を伏せた。
ジャケットの釦を外し、彼女の隣に掛ける。
「……待たせたかな。レーシィ」
「いいえ、アル。ベームさんがたくさんお話してくださって」
「それは良かった」
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