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「気候の良いところで療養すれば、良くなる。日々、医学は進歩しているし」
医者はそんなこと言いはしなかったけれど。
高潔、誠実、美徳的振る舞いは、現実とはいつも相性が悪い。
こうした場面に相応しい正しい言葉など、継ぎ接ぎでも繕うことができず。
「もっと良い医者を見つけるから」
「ありがとう。アル。……ごめんなさい」
「どうして。君が、謝る?」
「あなたに、そんなかなしそうな顔を、させて」
「…………」
善も正直も、中途半端な僕は、彼女の思慮深さにいつだって追いつけない。
「わたしは大丈夫。わかっていたことなの。アンジェリカのお医者さまも、あなたが言うほど悪いものではないでしょう? ……どうか、これ以上苦しまないで、アル」
愛の寄越す苦しみなんて、何ほどのことはない。甘美な。
そうだろう? ――ねえ。
「……ごめん」
「笑って。あなたの今日が、今からでも、素晴らしい日になりますように。あいしているわ。アル」
隙なく完璧な笑顔の彼女の前で、僕は麻酔針を打たれたように痺れる唇を曲げ、応える。
ああ、だめだな、役者が、違うようだ。
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