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音楽に特別に愛された記憶はないし、特別に愛したつもりもない。
あらかたのこどもがそうであるように、歌うことは、水たまりでステップを踏むことやチョークで絵を描くことと同様に楽しく、好きなことのひとつだった。
こども部屋付メイドの歌った子守歌か。ピアノ教師の示したドレミファか。
何が土壌で何が種か、なんて、考えるのも馬鹿げている、明確な話、その頃世界はすべからく美しく、いつも良い匂いがしていた。
それが濁り始めたのはいつ頃からだっただろう。
小学校に入る前から、僕は多くの教師について学んだ。古典語に近代語、作文に弁論術、学科に運動、一般教養、社交術にワルツ、そして芸術表現。どれに対しても僕はそれなりに適性を示した。
それなり。ただ、それなりだ。
昔から器用貧乏の性質なのだろう。
実父は国民議会の議員で、僕はその長男だった。
寄せられる期待は秤の上で責任に変質する。
重責を受けとめるべく器の自尊心は肥大し、隙間なく張り巡らせた緊張は息苦しさを生んだ。
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