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「立派な錦鯉ですね。これは大正三色ですか」  庭師によって定期的に手入れされた日本庭園は主のこだわりが随所に施されている。  植栽された松や楓、池に放たれた鯉、竹の清々しい音が響く鹿威し。広い庭だから維持するだけでも金がかかるだろう。  池に架けられた石造りの小さな橋から下を覗いて問うと、向田は嬉々として答える。 「そう。紅白よりはこっちのほうが好きなんだ。あっちが昭和三色だ。よく知っているね。雨宮先生のお宅にもいたのかな」 「いえ、洋風の家でしたから鯉はいませんでした。付き合いのあった政治家先生のお宅にいて、細かく説明をいただいたので憶えました。そこは黄金が多かったですね。子供は魚や動物が好きですから熱心に観ましたよ」 「なるほど。子供のころであってもいいものを観ておくと目が肥える。孫もね、まだ小さいがこの鯉が好きでね。君のように大人になっても柄を憶えていてくれたら嬉しいね」 「ああ娘さんが何年か前にご結婚されたとお聞きしましたが、お孫さんも生まれてらしたんですね。何歳ですか?」 「一歳半だよ。男の子だからね。常にちょこちょこ歩き回って目が離せんよ」  前厚労省大臣であり、政界の切れ者と称される重鎮であっても好々爺らしさが垣間見える。国会で見る向田は銀縁眼鏡の下の眼差しが鋭く、一睨みされると報道記者も怯むほどだ。
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