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咲耶《さくや》
高校生活も半ばに差し掛かった頃から、奇妙な夢を見た。
深い藍色の着物に、くすんだ白色のエプロンを着けて足元は黒い革のブーツを履いた私がどこかの家で働いている。どうやら掃除や洗濯など家事をこなしている召使いようだということを何度か夢見るうちに理解した。
いやに精巧で生々しく"日常"を見せるその夢は、しかし全編が白黒の世界で構成されているから、どれだけリアルに作られていても所詮は夢なのだと思えた。
「…………、…………。」
自分が誰かと話している。言葉は何一つ耳に拾われずに交わされた言葉だけが滑り落ちていく。勝手に自分の口が開いたり閉じたりするのが堪らなく気持ち悪いが、これも夢と現実の違いと思えば我慢もできた。
「これを」
唐突に、初めて夢の中で聞いた音は語りかけられる声だった。渋味を孕んでもなお甘い、年上の男の声だった。
その声と共に差し出された手に乗せられていたのは、上質な生地であつらえられた青さの格別鮮やかなリボンだった。
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