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私は厨房の引出しに入っている大きなはさみを手に取った。逆の手で頭の下の方でまとめていた髪束を掴むと、その根元からひと息で断ち切る。パラパラと遅れて落ちてくる髪を肩から払ってリボンのついた髪の束を差し出して口を開いた。
「これでよろしいでしょうか?」
あんぐりとみっともなく口を開けたお嬢様はぱくぱくと何かを言おうとして言葉に出来ないまま、震える手で髪とリボンを受け取って数歩後ずさった。
「私が持っているものを今2つ失いましたが、これで結構ですか」
お嬢様は浮かべていた涙をぼろりとこぼして駆け戻っていった。
私はそれを冷めた気持ちで見つめていた。両親を失ったあの冬の日にも同じ光景を見た。決定的な瞬間を物陰から見られていたとも知らず、己の不幸を理由に両親を奪い、涙さえ浮かべながら最後まで己の不幸だけを嘆きながら駆けていった後姿。
この親子は、私から奪っていくくせに最後は泣きながら去っていく。
そんなあの夜を許さないために今私はここで働いている。
「泣きながら去っていくくせに、自分が欲しいものは持っていくのですね」
「御堂、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
昼を終えた最初の授業。睡魔と言えば語感のせいか可愛らしく聞こえるが、少し席に着いているだけでも何が原因なのか最早くらくらと頭が支えきれない程だった。見かねたのか、教師が声をかけてくる。
「大丈夫?」
隣の席の掠れた声が私の脳みそをさらに揺すり、どこからか流れてくる血の臭いで鼻も胸も圧迫されていく。
「……大丈夫じゃなさそうなので、保健室へ行きます」
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