咲耶《さくや》

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「歴史的に見ればたった14年間の短い期間だが、その間に今に繋がる日本独特の文化が多数生まれた重要な期間でもある。いわゆるモボ、モガというのはーー」  日本史の解説をする教師の声が耳を上滑っていく中、私は夢を思い出していた。書き留めなくても不思議と、この夢に関することだけは忘れたことがない。 「人類史上初めての世界大戦も、この時代に開戦している。この戦争は人類史の大きな転換点ともいえる。事の発端はーー」  教師の声が滔々と流れていく合間にチョークが黒板で削れていく音が挟まる。一種の睡眠導入剤のような授業はちらほらと居眠りする者を出す。  授業の真っただ中に考え事をしている私を見咎める人間はこの空間において存在しない。 「消しゴムを貸してくれないかな」  他の誰にも聞こえないようなほんの小さなたった一言が、私の穏やかな午後の空気に亀裂を入れた。 「家に忘れて来てしまったみたいで。ごめんね」  声変わりを終えたばかりで不安定に掠れた少年らしいその声は、どうしてだか無性に夢の中の渋くて甘い男の声を思わせた。 「お嬢様にお借りしたらよろしいのでは?」 「え?」  きょとんと目を丸くした彼の顔を見て、はたと我に返った。 「……いえ。どうぞ」 「ありがとう、助かるよ」  特に気にする様子もなく笑むのを見てほっと胸を撫で下ろす。  口をついて出た言葉は明らかに夢の中の男性へ向けた言葉で、気まずさやら恥ずかしさやらで頭を抱えたくなった。夢の中の出来事を現実に持ち出して他人に投げ掛けてしまうなんて。夢と現実の区別がつかなくても許されるのは子供の間だけだ。  恥ずかしさと情けなさと気まずさに苛まれる私は、隣からの視線に気づくこともなく。あるいは、気付きかけているのを無理矢理押し込めて目を逸らしていた。
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