0人が本棚に入れています
本棚に追加
「"お嬢様にお借りしたらよろしいのでは?"」
随分と刺々しい言葉だと思う。それも私の口から出ていけばたちまちのうちにただ淡々と突き放すだけの冷たい言葉に変わっていた。
「夢の中の私もあの人に対して冷たかった、のとは少し違う。鬱陶しがっていた……?」
感慨もなく贈り物を突き返していた私は可愛げがなかったと思う。
「だとしても、あんなにはっきり物を言う私……深層心理ではあたりが強いのかしら」
木の陰に設置されたベンチに座って、一人でお弁当のウィンナーをつつく。決して友人がいないわけではない。たまに考えをまとめたり気持ちを落ち着けたいときにここでゆっくりご飯を食べているだけである。
「”私”はとある富豪の召使いで、あの人に興味がない。あの人は昔書生だった人で、お嬢様の婚約者。お嬢様はとてもあの人のことが好き」
忘れないとはいえ、結構な情報量を順不同に詰め込まれると流石に頭が混乱してしまう。
お弁当のおかずを咀嚼しながら記憶を思い出して並べ替えていく。
新学期を迎えてしばらく経ったこの時期、春とも夏ともつかない暖かな空気がゆるく風に乗って流れてくる。そよそよと風に流れるままにさせている髪が青いリボンと絡んで揺れている。
「ねえねえ志貴! せっかく購買まで来たんだからデザートも買っていこうよー?」
悶々と考え込んでいると、左の道の少し向こうの方から人が近くまで来ていたようで、その屈託のない元気な女の子の声が耳に刺さった。何故なのかとても耳障りに感じた。
もう少しすれば昼食を終えてこの道を移動に使う生徒がやってくる。そうすればこの静かな時間も終わる。そう考えて半分手つかずのままのお弁当を仕舞い始めていた時だった。
「咲耶」
掠れた声が私の名前を呼ぶ。頭蓋を揺らして、あの、渋くて甘い声がフラッシュバックする。視界の端には鮮やかな青。
私は座ったまま、向こうは道の半ばで立ち止まって視線だけが絡む。生ぬるい風が肌を撫でていく間、二人して時を止めたように動けなかった。
「ね、ねえ、志貴……?」
彼の隣に立っていた女生徒の困惑したような、何かにおびえる様な声を聞いて、私は咄嗟に立ち上がってその場から立ち去った。曖昧な季節の風に乗って何故か、むせ返るような血の匂いを感じる。けれどきっとこれは、夢の中の幻だ。
最初のコメントを投稿しよう!