第4章:ローズ

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3  「火星だって丸いじゃないか」  自室のベッドで横になりながら、タカヒサはPUZに聞き返した。  「地球の方が丸いってのはどういう意味だ?」  「火星で最も高いオリンポス山頂と、最も低いヘラス盆地の標高差約31㎞になります」  「そんな事は小学校で習ったよ!俺だってそれくらい知っている」  「これに対し地球では、エベレスト山頂の海抜8844mが最も高く、最低点はマリアナ海溝の水深10920mです。つまり、その差は20㎞にも満たないのです」  話が難しくなりそうな予感がしたタカヒサは、前もって疑問点をクリアにする事にした。  「ちょっと待て。その『カイバツ』とか『スイシン』って何だ?」  「ご存じとは思いますが、火星では大気圧が610.5パスカルになる面を標高基準面と規定します」  「も・・・もちろん知ってるさ!常識じゃん!!」  タカヒサは慌てて答えたが、そのアタフタした様子からPUZに見破られている事は明白であった。しかしPUZは何事も無かったかのように話を続けた。  「しかし地球の様に海の有る天体では、海水面を基準とするのが通例なのです。そして、海水面よりも高い部分は海抜、海水面よりも低い部分、つまり海中は水深という表現を用いるのです。天体によっては、必ずしも水の海だとは限りませんが」  低俗なコミック雑誌も成人映画も見飽きたタカヒサは、PUZを捕まえてはアレヤコレヤと世間話(?)をすることで、この退屈な航海を乗り切ろうとしているのであった。チェスなど頭痛がするだけで、タカヒサの性に合わなかったのだ。  「なるほどねぇ。それにしても、31㎞と20㎞じゃそれ程大きな差とは言えないんじゃないか?」  「火星の直径は地球の約半分ですから縮尺比率を考慮すると、その差は3倍にも膨れ上がります。つまり火星は、地球の3倍も凸凹していると言えるのです」  「ふ・・・ふぅーん」  PUZが嘘をつくはずは無いのだが、タカヒサは何となく騙されている様な気分であった。  「それよりタカヒサ。気付いていましたか? 地球の輪郭が見えるようになってきましたよ」  ベッドから飛び降りたタカヒサは、船外カメラのモニターにかぶり付いた。火星を発った当初は、到着までをカウントダウンしていたタカヒサであったが、いつまで経っても減らないので途中で諦めてしまったのだ。そりゃそうだ。宇宙空間を漂う船の中では、朝と夜が交互に繰り返すという、人間が生理的に慣れ親しんだ時間の節目は無く、無限に続く直線に等間隔で刻まれた目盛を一つずつ数えるようにしか時間は経過しない。つまり、「到着まであと何日」というワクワクする様なカウントダウンではなく、「到着まであと何秒」という、気の遠くなるようなカウントダウンなのだ。まともな人間であれば、そんな長時間にわたって気持ちを維持できる訳が無い。  初めて見る生の地球が漆黒の宇宙空間に浮かんでいた。  「これが地球かぁ・・・」
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