ゆれる

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ピピピピピピピ……うるさく鳴るスマートフォンのアラーム音で、私は目を覚ました。 どうやら引っ越しのために部屋の片づけをしている最中に眠ってしまったらしい。 けたたましく鳴っていたアラーム音はいつのまにかやんでいる。 画面を確認すると、母からの電話だったようだ。 私は口の端から垂れていた涎を手で拭いた。夢の中の、父のことを少し思い出した。 あんな夢を見たのも、私の腕の下敷きになっていたアルバムの写真のせいだろう。 そこには小学校の入学式のときに撮影した、父と母と私の写真があった。 緊張故か強張った表情をしている私と控えめに笑う母、そして仏頂面の父。 幸せだったあの頃……といいたいところだが、事実はそうではない。 当時父はリストラに遭い、借金をつくり、酒を飲み、私と母に暴力をふるうことも あったぐらいだ。 そんな父は私が小学校に入学してから数か月後、家で首吊りをして死んだ。 小学校から下校した私が、父の遺体を発見し、その場で卒倒してしまったのを覚えている。 その後、母と子二人、慎ましく生活をしてきた。 しかし父の借金のせいで夜逃げをしなければならず、 こうして今も何回目かわからない引っ越しの準備をしていた。 幼い頃は父の首吊りの夢を何度も見ていた。 いつも、夢の中の父は私になにか伝えようとする。 死んでもなお私達家族に迷惑をかけている謝罪をしようとしているのか、それとも…… 私はそこで思考を打ち切って、スマートフォンを手に取り母に電話をかけた。 何度目かのコール音の後、母が焦った様子で電話にでた。 「あっちゃん?そっちは大丈夫?」 「ん?大丈夫だよ。あとちょっとで荷造りも終わるし。どうしたの?」 「急いで荷物を持って家をでて。駅前で待ってるから。」 母は息を切らしながらそういうと通話を切った。 尋常ではない様子ではあったが、こんなことはよくあった。 こうして引っ越しの準備をしているとき、母はいつも慌てて、怯えていた。 誰かから逃げるように。誰から逃げるために? 「……借金取りは怖い、もんね。」 だから夜逃げをしなくちゃいけないのだ。 私は自分にそう言い聞かせるために呟いた。
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