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「お久しぶりです。お葬式の際には挨拶もせずに大変失礼いたしました」
何度も通いなれた彼女の家にたどり着き、お母さんに開口一番それを伝えた。
「そんなこと別にいいのよ、それよりも上がって上がって」
「はい、それではお邪魔いたします」
お母さんは葬式で見た時よりも元気が戻っているようだった。
「それでね、あなたに見てほしいものっていうのはね」
廊下を歩きながら、話しかけてくる。
「多分だけどあの子が最も大切にしていた物だと思うの」
といい、
「事故の日ね、実は私と電話していたの」
リビングに入る前、お母さんが話す。
「いつも電話で『私の彼氏は絵の才能があるのよ。表現の素敵さっていったらね――』って何度も繰り返し言うのよ。でもね、事故の日だけなぜかそのセリフに元気が無かったのよ」
俺は黙って聞く。
「理由を聞いてみると、あの子は自分のせいであなたが絵を描くのをやめたと思っているらしいの」
あの日に尋ねられたが内心気づいていたのかもしれない。
「はい、僕は娘さんと一緒に過ごす時間が何よりも大切でした。だから、絵を描くことはいつからか辞めました」
「うん、あの子も同じ理由を考えていたと思うわ。それでどうしたいのって聞いてみたのね」
続く言葉に構える。
「『私は、絵を描く姿が見たいのよ。この花に囚われずに――』って」
そう言ってお母さんは、リビングの扉を開けた。
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