第一章:真っ赤さん

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4  ある日、藤一郎が薪を集める為に街をうろついている時に、ばったり、サダと行き会った。お互いにモジモジしながらも、意を決して話しかけたのはサダの方であった。  「あの・・・ いつもお風呂頂いて・・・ 有難うございます」  「あっ、いやっ・・・ 礼には及ばんです・・・」  江戸っ子の藤一郎も、緊張のあまり変な言葉になっていた。更にサダが言う。  「今度、うちの家族も連れて行って宜しいでしょうか?」  「も、もちろんだ。家族でも友達でも、好きなだけ連れて来るがいいさ」  この日を境に言葉を交わすようになり、二人の間は徐々に近づいていった。そしてある日、サダが提案した。  「藤一郎さん。あのドラム缶のお風呂ですけど・・・ あの森の中じゃなく、この辺の街の中にこしらえたらどうでしょう?」  「街の中にかい?」  「えぇ、そうすれば皆が汗を流せます」  「なるほど、銭湯にしようって寸法か。周りを囲んで見えなくすれば、女も入れるようになるな」  「そうです。銭湯です」  二人は顔を見合わせて笑った。『華の湯』が誕生した瞬間である。そして二人は夫婦になった。完成した『華の湯』の前で、ご近所さんを集めて形ばかりの祝言を上げたのであった。  名前は藤一郎の母、華子から取った。それは徐々に近隣の人々から受け入れられ、重宝された。戦後の復興で汗だくになった人々が代わる代わる押し掛ける様になり、時間帯を区切って女湯にもなった。ご婦人方も子供を連れて訪れ、次第にドラム缶一個では間に合わなくなっていったのであった。  二人が夫婦になるまでの部分が、随分と端折られ過ぎだと思ったが、そこはまたの機会にでも聞こう。一番重要なところなのだから日を改めて、ということで。  「それでドラム缶を増やしていったわけね?」  「いやぁ、ドラム缶は無かったよ。全部空襲でやられちまってよぉ。錆びて穴が開いた様なのしか見つからなかったねぇ・・・」  「じゃぁどうしたの? ずっとドラム缶一個でやっていったの?」  「それがある日、『華の湯』の評判を聞きつけたアメリカの偉い兵隊さんが来たんだよ。ヘルメットじゃなくて士官の帽子をかぶってたかね。こう、おっきな黒メガネをかけて、トウモロコシの芯で作ったパイプを咥えてたねぇ」  「おばあちゃん! それってマッカーサーじゃないの? 歴史の教科書に出てる人!」  「真っ赤さん? そんな名前だったのかね? あたしゃ、よくは覚えてないよ。その人がドラム缶風呂に入っている間、他の若い兵隊さんがかしこまって取り巻いてて、いかにもお偉いさんってかんじだったねぇ」  「・・・・・・」  「その真っ赤さんが、うちの風呂をえらく気に入ってくれてね。アメリカ軍の基地から沢山のドラム缶を恵んでくれたのさ」  京子は唖然とした。本当にそれはマッカーサー元帥だったのだろうか? あのGHQの最高司令官で、飛行機のタラップを降りる姿は、学校で用いる歴史の教科書にも出ている。  「その後も真っ赤さんは、時々『華の湯』にお忍びで来ていたもんさ」  そんな事が有るだろうか? 有ってもおかしくないような気がするが、有るはずないような気もする。戦後のどさくさに紛れて、この様な史実が存在していたとしたら、それはそれで興味深いのではあるが。日本の占領軍の最高司令官が、この東京の下町でドラム缶風呂に入りながら、日本人相手に裸と裸の付き合いをしていたなどと考えるだけで痛快ではないか。  銭湯なんて今時流行らないし、友達に自慢できるような家業でもないと思っていた。でも京子は、『華の湯』の歴史に隠れた、秘められた日本史の一ページを発見し、独り感慨にふけった。「銭湯も悪くはないかもね」そんな気持ちが自然と湧き上がり、京子の顔を笑顔に変えた。
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