第二章:無回転シュート

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第二章:無回転シュート

1  番台からふと見ると、先ほど入って来た小学生の男の子二人が、フルチンのままじゃれ合っていた。近所に住むタケシとケンジだ。お互いになんとかキックやらなんとかパンチを繰り出し合って、子供らしい寸劇が進行中であった。この二人はいっつもつるんでいて、二人でこの『華の湯』に来ることが多い。それだけ仲が良いという訳だが、二人そろった時に限って妙な悪戯を思い付くもんだから始末が悪い。  京子は二人に声をかけた。  「お風呂で走っちゃダメだからねー」  水を差された二人は「ちぇっ」という感じで首をすくめ、遠慮気味に小突き合いながら浴室へと入って行った。「敏文もあれくらいの頃は可愛かったのになぁ」そんな風に弟を思い出しながら二人見送った京子は、再びサダの方に向き直った。今日も祖母は暇潰しに来ていた。まだまだ聞きたいことは沢山有った。特に、結婚に至る辺りは念入りに聞かなくちゃだわ。  「ねっ、お祖母ちゃん。お爺ちゃんとはどういう風に恋人同士になったわけ? まさかお爺ちゃんからラブレターが来たとか?」  京子は自分で言いながら恥ずかしくなった。ラブレターって、今となっては死語の一つだろう。あの当時は「恋文」とか言ったのだろうか?「きゃっ! 恥ずかしいっ!」などと、一人で顔を赤らめる京子であった。  「あたしがねぇ・・・」  サダはゆっくりと話し始めた。  「友達と風呂に入ってる時だよ。爺さんが覗いてたのは」  「は?」  「トタンの壁に、コレっくらいの小さな穴が開いててね、そこから爺さんがいっつも覗いてたもんさ」  そう言ってサダは、右手の人差し指と親指で小さな丸を作った。  やっぱりあのクソジジィ、ろくなもんじゃない! それではただのスケベ野郎ではないか! 懲りない奴め!  「『覗いてたもんさぁ』じゃないでしょ、お祖母ちゃんっ! 裸見られたんだよ! 小石川でも覗いてたんでしょ、あのジジイ! いや、その当時は若かったのか・・・ でも平気なの? 嫁入り前の生娘がっ!」  もちろんその当時のサダが生娘だったかどうかは知らないが、時代背景から言って、おそらくそうだろう。だがサダは、その部分には反応せず話を続けた。  「そりゃぁ恥ずかしかったさ。男の人に自分の裸を見せるなんてねぇ」  「そうでしょ、そうでしょ! 当たり前だよっ! 私だったらお爺ちゃんをとっちめて、ギッタンギッタンにしてやるわ! フザケルんじゃないわよーって!」  鼻息も荒くそう吠える京子に、サダはいたって冷静なトーンで言った。  「でもね・・・」  「でも?」  「でもね、あたしらの頃は、戦争中は男の人と話をすることすら出来なかったんだよ。そんなところを特高に見つかった日にゃぁ、そりゃぁもう大変な騒ぎになったもんさ」  「・・・・・・」  「だからさ。そんなんでも男の人が近くに居てくれることが、あたしらは嬉しかったのさ。若い人は殆ど戦争に行って帰ってこなかったしね」  そんな重い話に行き着くとは思っていなかった京子は、何と返したらいいか判らなかった。確かに、自分がその当時の日本に居たら・・・。だからと言って、それが恋人同士へのファーストステップだというのも解せないが。それも戦後のドサクサがなせる業か?  「それである日、爺さんを捕まえて『そんなに見たいなら、私をめとってくださいまし』って言ったんだよ。そしたら爺さん、何て言ったと思う?」  少女の様な悪戯な眼差しでサダは聞いた。祖母に、そんなにも大胆な一面が有ったとは。普段の物静かな祖母とは、何だか違うぞ。何でも話は聞いてみなきゃ判らないもんである。  「判んないよ。お爺ちゃんは何て言ったの?」
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