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「藤一郎さん?」
そう話しかけるサダに、廃材を割って薪を作っていた藤一郎は、その手を休めて答えた。ただし、面と向かって見詰めては、心臓がバクバクしてしまうので、額の汗を拭く振りで遠くを見ながら。いつも藤一郎の銭湯を利用する三人娘の中で、サダが藤一郎のお気に入りだったのだ。
「何でしょう、おサダさん? 女風呂に切り替わるの時間は、もう少し先ですが・・・」
サダはいきなり、ズバッと核心に触れた。
「私、藤一郎さんが私たちのお風呂を覗いているの、知ってますよ」
サダは少し意地悪そうな眼差しを向けた。
「へっ!? じ、自分は・・・ け、決して覗いてなど・・・」
藤一郎は口から泡を飛ばして狼狽えた。まさかサダに見破られているとは思っていなかったのだが、壁の節穴に顔を張り付いていれば、どうしたって周りの人にはバレるだろう。当たり前である。アタフタする藤一郎を見てサダは言った。
「一つ、教えてくださいな」
「は、はいっ! 何なりとっ!」
出会い頭の先制パンチを喰らった藤一郎は、直立不動の気を付けの姿勢のまま叫んだ。彼の人生で最大のピンチが訪れていた。
「藤一郎さんは、いつも誰を見ているのです? 良子さん? 明子さんかしら? それとも・・・」
「はいっ! もちろんおサダさんでありますっ!」
この時点で、自分が覗いていたことを認めてしまったことに、藤一郎は気付いていない。だが、サダの本当の目的は藤一郎を問い詰めることではなく、更にその先に有った。
「本当かしら?」
「おサダさん以外は、自分の目には入らないのでありますっ! 従いまして・・・ 従いまして・・・」
それを聞いたサダは、フッと笑った。
「そんなに見たいのなら、私をめとってくださいまし」
藤一郎の目と口は、これでもかと言うくらいポカンと開いていた。こういうのを阿保面という。人生最大のピンチなどではない。これは最大のチャンスだ。藤一郎はそう思った。
しかし実際はある意味、大ピンチだったのだ。やはり藤一郎はバカだ。サダは単純極まりない藤一郎のこの性格を見初め、この男なら尻に敷いて暮らせると踏んだのだ。戦争で多くの若者を失った日本では、こんな藤一郎にもそれなりの需要が有ったということだろう。もちろん、サダも藤一郎に対し好意を抱いていたであろうことは否定できないが。
藤一郎は真っ赤な顔で、おでこから湯気を登らせながら敬礼と共に絶叫した。
「もちろんでありますっ! そのつもりで覗いておりましたっ!」
京子は膨れっ面でその話を聞いていた。
「何それ? 全っ然かわいくないんだけど。もうちょっとロマンス的な話は無いの? 乙女心を揺さぶる様なさ」
「そんなもんは無いよ。爺さんが助べえだっただけさ」
「はぁ~あ、聞いて損した」
京子は頬杖をつきながら、明後日の方を向いた。あの半分ボケた爺さんなら、いかにも有りそうな話だった。
とは言いながら、意外にも明らかとなったサダの冷徹で計画的な性格が自分にも受け継がれているのかもしれないと思うと、少し頼もしいような気もした。サダの様なバイタリティが備わっているのなら、この先どんな苦難にぶつかろうとも、それを越えて行けるのではないか。でも、どちらかと言えば自分には、爺さんの血の方が濃いめに流れているのを感じる。いや、間違い無い。私の血は爺さんの血だ。あの助べぇの血が轟々と音を立て、私の全身を駆け巡っているのが判る。何ともやるせない。
「ふっふっふ。爺さんが助べえだったから光男が産まれた。光男が助べえだったからお前が産まれた」
「お父さんもなのっ!?」
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