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プロローグ
私の名前は田部京子。都内の某私立高校に通う女子高生。いわゆるJKというやつだ。巷では、JKと言えばチヤホヤされる対象らしいのだが、私自身そのような扱いを受けたことは無い。それは何故か? それが判れば、私の青春はもっとバラ色になっていたはずなのに。やいや、バラ色を通り越して、ピンク色になっていた可能性すらあるのではないか。
自分で言うのもなんだが、顔だったら結構可愛い方だと思う。そりゃぁもちろん、白石飛鳥のような『非の打ちどころの無い』というわけではないのだけれども、斎藤麻衣にだったら似ていなくもない・・・ と思う。それともなにか? 直で見る顔と鏡を通して見る顔は、そんなにも違うという事なのか? だったらスマホのカメラをリバースして、自分を写せば・・・ ほら、この角度! この右下から顎の線を強調する感じ。この微妙な角度から見上げれば斎藤麻衣にそっくりじゃん!
と言っても私の身長は152cmしかない。世の男たちに、この右下のピンポイントから見てもらうには、私は頭を左に傾けて、顎を突き出す様に歩かねばならない。それって、ただのヤバい奴じゃん。母親が子供に向かって『見ちゃいけません』とか言って、目隠ししちゃう奴じゃん。もぉ~、神様のバカっ! 背が低いってだけで、誰も私のこのプリティな魅力に気付かないじゃん! これって人類にとって大きな損失だわ。
あぁ~、私ってなんて罪な女なのかしら。そうよ。そうだわ。この美しさをひた隠しにしている事は、全ての男たちにとってこの上もない悲劇なのだわ。本来なら、白日の下に曝け出されたこの美貌によって、世界中の男たちが我先にと押し寄せて、私の足元に跪くはずなのだから。その中にはきっとジェスも含まれているに違いないわ。あっ、ジェスってのはジャスティンのことね。ジャスティン・ブラウンね。私は彼とお友達だから、ジェスなどと親し気に呼ぶことが出来るのよ。
でも、ダメよ、ジェス。おぉ~、愛しのジェス。私は、あなた一人のものにはなれないのよ。だって世界中の男たちが・・・
・・・という妄想に浸りながらブンブンブンと頭を振っていると、右下から視線を感じた。例のピンポイントからの視線だ。目を開けると、京子の腰より少し高いくらいの、板で仕切られた塀の向こう側から老婆が見上げていた。
京子が居るのは、人の腰の高さほどもある台の上だ。そこに座る彼女の周りをグルリと取り囲むように、高さ50cmほどの壁が取り巻いていて、老婆の頭はその壁の上縁よりも下にある。その皺だらけの顔の奥に穿かれた小さな両目は、何か理解不能な物でも見ているかのような鈍い光を湛えていた。老婆が無表情な顔を崩さず言った。
「ヤダよこの子は。変な物でも食ったのかい?」
京子は我に返って応えた。
「あっ、ううん。何でもないよ」
「はい、460円」
老婆はその塀の上に小銭をおいて、その場を離れて行った。京子はその背中に向かって言った。
「毎度ありがとうございます」
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