adieu

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 ーデスク城内 「ほ、本当かよ。マーク様が!?」 「ああ、間違いない……亡くなられた」 「誰にやられたって言うんだよ」 「決まってる。魔女……真紅の薔薇にだ」 「あれは迷信じゃないのか」 「セバス様が仰るんだ。間違いなものか」  セバスの招集の後、デスク城の兵士達は先の騒動に各々が議論を交わしていた。 「何を騒いでいる!早く己が任につけ。おい、そこの……お前たち二人は此処に残れ」  気品の高さを感じさせる濁りない澄んだ声は、長髪を繊細な指でかきあげオールバックに纏めると、その後は決まって眼鏡に触れる。この女の癖だ。 「イ、イライザ様!」 「なんでしょうか……」  イライザは、上品な手付きで上着のポケットから白い手袋を取り出した。 「お前たち、何も見付けられなかったのか」 「は、はい」 「申し訳ありません」  拷問部屋の一件だ。  イライザは取り出した手袋を(わずら)わしそうに右手左手へはめると、続けた。 「私は手が汚れるのがとても嫌いだ。何故だか分かるか」  眼鏡の奥に潜む切れ長の眼には、全身が凍て付きそうな冷徹さを宿していた。二人の兵士はその雰囲気にのまれ、彼女の問いに首を縦にも横にも振れなかった。   「何故なにも答えない……」  兵士達の顔から血の気が引き、瞬時に青ざめると二人に悪寒が走る。 「なぁ……何故だ」  兵の一人は右肩に、もう一人は左肩に重みを感じ、そちらに目をやった。 「イ、イ、イライララララ」 「イ、イイザイザイザザザ」  二人の間に、いつ割って入ったのか、正面に居たイライザがそれぞれの肩に手を乗せ歯軋りさせながら言った。 「何故だと()いている」  完全に縮み上がったふたりの兵士は、ひぃっと鳴いた途端に影も残らず消された。 「手を汚したくないからに決まっているだろ。凡夫めが」  イライザは、いちいち言わすなと言わんばかりにそう吐き捨て、今し方はめたばかりの手袋を投げ捨てた。そして、乱れた長髪をかきあげ後ろへ流すと、眼鏡に触れた。   「しかしセバス様のあの焦りは何だ。たかが小娘ひとりに目くじらを立てるなど信じられん。……そこに居るんだろ?カタギリ。分かっているな」 「もう手は打っております」  石柱の影からぬらりと現れたその男は、長身スキンヘッドには似つかわしくないつぶらな瞳で、手に持ったティーポットからカップへ注ぐと、(ひざまず)いてイライザへ差し出した。  彼女は新しい白手袋をはめ、カップを受け取り、目を閉じ先ずは香りを嗜んだ。そしてゆっくりとカップに口を触れ、コクっと渇きを潤した。 「カタギリ、それを」  イライザは、冷めた声でカタギリからティーセットを取り上げ、ポットの中身をカタギリのスキンヘッドへ、びちゃびちゃと垂れ流した。  カタギリの顔に紫色の液体が筋を描く。微動だにしないカタギリはイライザの次の言葉を待った。 「私は手が汚れるのがとても嫌いだ。何故だか分かるか。なぁカタギリ……応えよ」  イライザの眼鏡の奥が妖しく光るのを、(こうべ)を垂らしたカタギリは見えずとも感じていた。 「御安心を。イライザ様のお手を(わずら)わせたりは致しません」 「んふっ。(よろ)しい。その血……美味であった」  そう言って、彼女は残りを一気に飲み干すと、(から)になったティーカップを床に置き持っているティーポットをカタギリの頭に載せた。そしてまた手袋を脱ぎ捨て、例の仕草をとると、闇に姿を消した。 「勿体なきお言葉」  カタギリは、嬉しそうにつぶらな瞳を細めた。
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