adieu

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 ケイシーは、率直に浮かない顔を見せた。  それもそのはず、ケイシーは自分の存在を蔑ろにされている様で気分を害した。 「そんな……。私が、キースの依代に?この体をキースに渡せと言うの!?」  悲しげな視線を向けられた祖母は、後ろめたさから目を閉じてしまった。せめてケイシーの気持ちだけでも受け止めようと、彼女の手を取って強く握り返した。 「本当にすまないケイシー。今の今まで何も言わず。こんな宿命を背負わせて。代われるものならわしが代わりたい。じゃがこれは栄誉な事。お前にしか出来ない役目じゃ」 「……お婆様」    何かを言わずにはおさまらない。  ケイシーは肩を震わせ唇を噛みしめ、内に秘めた感情を滲ませる。 「だったら……だったら何で、もっと早く言わなかったの?理不尽よ」 「失敗は……もう二度の失敗は許されないからじゃ」 「失敗?どう言う事?」  大きく咳き込むと、祖母はまた険しい顔つきを見せる。彼女の握る手が痛みを伴う程強く硬く、そして熱い。心が乱れ、なかなか話が切り出せないでいた。  暫くして、落ち着いた祖母がその重い口を開いた。  それは、ケイシーの母ケイトについてだ。  ケイトはマーヤとダンケルの間に生粋のヴァンパイアとして産声を上げた。  幼少の頃からキースの依代となる為の教育を受けて来たケイトは、聞き分けがよく器量に満ち、魔力は歴代の中でも抜きん出ており一族の期待はいやが上にも高まっていた。それゆえに、ケイトは惜しみない支援を受け不自由なく着々と成長していった。    何の疑いもなく、マーヤとケイトは成人の儀を迎えるものと思っていた。しかし、神の気紛れか、予定調和が破られるきっかけが突如足音を立ててやって来る。   それは成人の儀の一年前。  ケイトがいつもの様に城下町の市場へ買い物に出掛けた帰り、彼女は街で男たちに絡まれその場をやり過ごそうとするが、男たちはしつこくケイトに絡んでいく。彼女は毅然とした態度でまったく相手にしなかった。その態度が気に入らなかった男たちは、とうとうケイトに手を出し怪我をさせてしまう。  ケイトもここまでやられてただ黙っているわけにもいかない。自分の身を守る術は心得ている。二度と下らないことをさせない様にと、ケイトは魔力を使い軽く脅かすつもりだった。ところがそこへ旅の青年が現れ、男たちを追い払い怪我を負ったケイトを介抱すると家まで送った。    人の心はほんの些細なことで大きく動くもの。キースの依代として宿命を刷り込まれたケイトとて所詮は個を持つ生物。  旅の青年との出会いは、彼女にとって全てに置き換わるほど大きな出来事であった。それからケイトは旅の青年と懇意になり、人が変わった様に自分の宿命を拒み始めた。  その後、ケイトがマーヤの制止を振り切って家を出て行くまで、そう時間はかからなかった。  最後にケイトは、一枚の紙切れに言葉を残し出て行った。 『成人の儀は破滅の始まり』  旅の青年に要らぬことを吹き込まれたからかは分からないが、彼女はそれだけを置いて行ってしまった。  そして、成人の儀当日。  結局ケイトは帰って来なかった。  一族の面汚しとなるあの出来事。出来る事なら消し去りたい過去の記憶。あの一件以来、マーヤは大逆の汚名を着せられ、如何なる罵詈雑言や仕打ちにも耐え続ける日々を送ることとなった。簡単に死ぬことは許されず、生恥を晒し贖罪する事を科せられたのだ。 「厳しくし過ぎた反動か……儀式を迎えるまでひとりで外出させるべきではなかった」  マーヤは涙して過去を悔いた。  
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