adieu

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 ケイシーは、部屋のベッドで横になると目を閉じた。  これは夢なのか、現実なのか。  肌に伝わる乾いた空気、目に映る色彩豊かな景色、そして甘く妖艶な薔薇の香り。  五感に語りかけてくるそれらを夢で片付けるには、あまりにも生々しく、現実世界と捉えたほうが自然だとケイシーは思った。 「お婆様……」    意思とは裏腹に、身体は疲れを癒そうとケイシーを眠りに誘う。しかし、部屋の外、廊下の向こう、階段を慌ただしく駆け上がってくる足音が只ならぬ気配を発しているのを感じ、ケイシーは自然と身体が強張った。  その気配は部屋の前で止まり、一泊間を取った後、コツコツと優しく扉をノックした。 「ケイシー様、ケイシー様」  ガイの声だ。   「ケイシー様、ケイシー様」  ガイはそれ以外には、何も言わない。  ケイシーが中から何かと訊ねても、ガイは応えなかった。やむなく扉を開けると、ようやく呼びかけが止んだ。だが目の前に立っているガイの様子がおかしい。 「お食事の用意が整いましたので中央広場へお越しください」 「……っ!?」  ガイの目の焦点が合っていない。  また、口もとに不気味な笑みを浮かべ、糸を引くほどの粘り気を含ませ涎をたらしている。 「今日は珍しい獲物を手に入れましたので。さぁ、早く広場へ」  ガイのまとう妖しい空気に嫌悪を感じ、ケイシーは広場へ向かうのを一度は拒否したが、ガイはそれを無視して、ケイシーを肩に担ぎ上げると広場へ向かった。  明らかに様子がおかしい。  自身に危険が迫ると確信したケイシーは、どうにか逃げ出そうと、足をバタつかせた。 「な、何を! おやめ下さいケイシー様」  抵抗は成功した。  なんとかガイから離れ、階段を駆け下りた。 (ここで捕まったら危険)  外へ出る扉がどこかはわからなかったが、最初に目に入った扉へ腕を伸ばした。  恐怖と不安で押し潰されそうになる。  呼吸も浅くなり、次第に身体が重くなっていく。   「ケイシー様、落ち着いて下さい」    二階の踊り場からケイシーを見下ろすガイが言った。  依然、正気を無くしたその表情は不気味で、彼から発せられる丁寧な口調がより一層おぞましさを引き立てる。 「そうですか、これは大変失礼致しました。私が手を貸さずともご自身で広場へ向かわれるのですね。外はその先です……が」  ケイシーは扉を開き、外へ一歩踏み出した。 「ロイ……」 「良かった。体の具合は良くなったみたいだね、ケイシーお姉ちゃん」  しかし、そこに立っているロイはガイ同様、正気を無くした目をしていた。  
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