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あの場所で香水店を開きたいという人物が現れた。
父の店をほぼそのまま、居抜きのような形で使わせてもらえないか、という提案だった。大家の葉山さんは思わず、なぜあんな寂れた場所で、と本音を漏らしたらしいが、彼――その奇特な人物は男性だった――はこう答えたという。
尊敬する調香師と同じ場所で、店を開きたいのだ、と。尊敬する調香師とはもちろん、私の父のことだ。そして名乗りを上げた彼もまた、調香師だった。
調香師。一言でいえば、香料を調合するプロだ。
香水などの化粧品、最近では柔軟剤なども話題だけれど、そういった食品以外の香料を作る者は特にパフューマ―と呼ばれる。父はオーダーメイドの香水を作ることを主な仕事にしており、それなりに評判のパフューマ―だった。そのさらに昔は世界で活躍していたらしいが、私が物心ついたころには既に、父は“町の香水屋さん”になっていた。
ともかく、今までに何件かあったテナントの申し出を断ってきた葉山さんが、父を知る人なら、と心を動かされたらしい。しかも同じ調香師で、香水店。彼女は私に電話で、貸し出してもいいかと尋ねた。
どう考えても、葉山さんが私にお伺いを立てる必要はない。それでも、父との思い出の店がなくなってしまうから、とわざわざ聞いてくれたのだった。
――大丈夫、「あの部屋」は開けないようにお願いしてあるから。
本当に、申し訳ないくらい寛容で優しい人だ。
そういうことならどうぞ使ってくださいと私は答え、それから一週間もたたないうちに話は進み、正式に契約が決まった。店は改装する予定もないから、今月の二十日に早々とオープンする。
今日は十七日。もう三日後に迫っていた。
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