第一章 私たちの嘘

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――真中(まなか)さんって、暗いよね。ハーブ育てるのが趣味って聞いたけど、もっとヤバいもの育ててそうじゃない? ――え、麻薬とか? こわーい! ――魔女みたい!    それから聞こえてきた、数人の笑い声。全員、同じ研究室の学生たちだ。私はその翌日から、大学に行けていない。今日もさぼってしまった。    完全に逆恨みだが、なんだかハーブが憎く見えてきた。いっそ燃やしてしまったらすっきりするのでは、なんて考える。    しゃがみ込んで、防寒用に敷いた腐葉土を指先でつついた。ハーブはぬくぬくと温かい布団の下で冬を越そうとしているのに、どうして人間はこんな寒い日まで出歩くのだろう。 「もう春まで冬眠したい……」 「ハーブと一緒に、ですか?」    背後から聞こえた声に驚いた私は、振り向く動作と立ち上がる動作を同時にやろうとして見事にバランスを崩した。結果、尻餅をついて声の主を見上げることになった。 「すみません、驚かせてしまいましたね」  緑色の作業エプロン姿の男性が、申し訳なさそうに立っていた。先ほど店の中にいたのに、いつの間に出てきたのだろう。助け起こされて立ち上がった私は、はっと我に返って、コートについた土を払った。 「あの、私、真中 茉莉(まつり)です。前の店の店主が私の父で――」 「ええ、真中 一世(いっせい)さんの、娘さんですよね。そろそろいらっしゃるころだと思っていました」  慌てふためく私とは対照的に、彼は落ち着き払っていた。ニコリと笑って、彼は言った。 「初めまして、志野(しの)と申します。この場所を貸してくださって、ありがとうございます」 「いえ、それは大家さんが……私は何も……」    彼が葉山さんから何を聞いたかはわからないが、少なくとも私が感謝される理由はない。しどろもどろに言葉を継ぐ私を、志野さんは微笑むことで遮った。 「ひとまず、中に入りませんか? 今日は特に寒いですから」    冬眠したくなるくらい、とぽそりと呟かれて、私は赤面する。  けれど不思議と、からかわれたという不快感はなかった。    言葉にならずとも、彼の目が、こんな寒い日はのんびりしたいですね、と賛成してくれたように見えたからかもしれない。
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