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ある日、奇妙な夢を見た。
私は、何もない荒れ果てた場所に足をつけ、ひたすら歩いていた。
裸足の裏に感じるのは、乾ききった砂の感触。
草木の一本もなく、水の気配すら感じない。
見渡す限り何もない地で、ひどく飢えていた。
とにかく、何かを口にしたくて歩き続けた。
しばらくすると、匂いを感じた。
その匂いに意識を向けると、耳慣れない音に気付く。
少し金臭い血の匂いと、何かを食む咀嚼音。
不快なはずのその匂いが、気味悪いはずのその音が、妙に蠱惑的に感じた。
とっくに乾いて、張り付いていたはずの喉が鳴る。
誘われるままその気配の方へと足を向けた。
音と匂いを辿った先には、一頭の獣がいた。
獣は、地に横たわる別の獣を食べていた。
横たわる肉からは血が滴り、裂かれた腹からは果実のような臓物がこぼれていた。
あぁ、肉だ!
普段の私であれば、恐ろしさに竦んだであろう。
生まれてこの方、肉を捌くさまなど見たこともない。
それなのに、その時の私にはあまりにも甘美な光景に見えていた。
「わけてください」
そう、食事をしている獣に頼んだ。
なぜ、獣に言葉が通じると思ったのかは疑問ではあったが、気づいた時にはそう口にしていた。
獣は私の顔をじっと見つめた。
人とは違うその深い瞳でじっと見つめて
「食べないものを殺すお前に与える糧はない」
そう言った。
何もない場所の一角から、肉を咀嚼する音が響いていた。
肉を食べる生き物の下には食べられている獣が横たわり、傍らにはもう一頭、食べられることのない獣が横たわっている。
私が殺した獣だ。
食料を与えられない私は、だから奪った。
糧として命を奪う獣から、その糧と命を。
食べることはない命を奪った。
そして奪った食料で腹を満たす。
腹を満たして、食料に目を向ければ、そこにはまだ肉が残っていた。
しかし腹を満たされた私はもうそれを食べることはしない。
そしてまた歩き始めた。
不意に、あの獣なら残さずに食べただろうかと考えた
考えて、そしてやめた。
答えなど、決まっている。
あの獣は私とは違うのだ。
物になってしまったあの獣は。
そして、今度は何も考えずに歩き始めた。
ある日、奇妙な夢を見た。
夢のあと私は、微かな寒気を感じた。
fin
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