柏木奇譚

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叔父が死んでからというもの、月命日になると、私は叔父の墓参りに出かけた。墓の周りの簡単な草むしりをし、季節の花を供えた。そしてあるとき、私はちょっとした発見をしたのだった。季節は草木がだんだんと色鮮やかになり始める皐月のころで、丈高く勢い付いた墓のまわりの雑草をむしっていると、叔父の墓の裏手から、何の木かはわからないが、小さな木が芽吹いているのに気がついた。このまま放っておいたら、この木はきっと叔父の墓を倒してしまうだろう。けれど、私はそれをそのままにしておいた。叔父が死ぬ直前に、夢の中で私に言い残していった言葉を思い出したのだ。 ―――今度会うとき、俺は柏の木になっているだろう。  その幼い木を発見してから、私は毎回その木の成長を楽しみに叔父の墓参りに行くようになった。その木はすくすくと健やかに成長し、あっという間に私の背丈を越した。そのころには、その木が柏の木であることが判明し、私にはもうその木が叔父にしか思えなくなっていた。叔父の話は妻にもしていたので、独り言のようにその木に話しかける私を不振がることなく、妻もその木を私の叔父として扱い、一緒に世話をしてくれた。 「素敵ね、木に生まれ変わってまで、奥様との約束を果たそうとするなんて。お二人の約束が、いつか果たされる日が来るといいわね」  叔父の話をしたとき、そう言って妻は静かに微笑んだのだった。そして、その日からその木の成長は私たち二人の楽しみとなった。 「ねえ、叔父さん、ちゃんと聞いてる?」  薬師見習いとして預かっている兄の子と、私は叔父の墓参りに来ていた。 「ああ、ちゃんと聞いてるよ。それより、ちゃんと草むしりしろよ。この時期の草はすぐに伸びてしまうからな」 だんだんと緑が目に鮮やかになり、風に初夏の気配が微かに入り混じるようになったころ、 額にうっすらと汗をかきながら、私たちは例のごとく墓の草むしりをしていた。 「いつもいつも、父さんや兄さんたちが食べる豆腐を買いに行かされて。そんなに食べたきゃ自分たちで行けばいいのに」 私は草を引っこ抜きながら、思わず苦笑した。甥の姿が、かつての自分と重なったからだ。どうやら甥も、幼い日の私と同様に豆腐を買いに行く係りをやらされているようだ。
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