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「まあ、そんなことを言うなよ。ちゃんと家の手伝いをしていれば、良いことは必ずある」
「本当?」
甥は胡散臭そうに私を見た。どうやら、私の言葉を小ずるい大人が使う、子供騙しの言葉だと思っているようだ。
「嘘じゃない。本当だよ。それから、油揚げをくれって言ってきた狐顔の行商人には、言われた通りに油揚げをあげなさい」
「何だよそれぇ」
と狐に摘まれたような顔をしている甥っ子の顔を見て、私はまた笑った。
「あっ、こんな所に木が生えてる」
瑞樹さんの墓の周りの草むしりをしていた甥が、驚いた声を上げた。私はどれどれ、と覗き込んだ。そこには、芽吹いたばかりの木というにはあまりにも頼りない幼木が、瑞樹さんの墓のすぐ脇から生えていた。
「本当だ。これ、何の木だろうな」
思わず、独りごちるように呟くと、
「たぶんこれ、ハナミズキの木だよ」
と思わぬ返答が返ってきた。
「御前、よく知っているなぁ」
「植木屋の友達んちで見た」
私はそのハナミズキの幼木を何とはなしに見ていたのだが、突然、あることに気がついた。
「この木はこのままにしておこう。絶対に抜いちゃだめだからな」
私のいきなりの強い念押しに、甥は釈然としない様子ながらも頷いた。
「それから、このことを叔母さんに伝えてきてくれ」
甥はやはり小首を傾げながらも頷き、家の方に向かって走り出した。その後ろ姿を見送りながら、察しのいい妻ならきっと、説明しなくともわかってくれるだろうと思った。
私は、今では私の背を悠々と越え、立派な柏の木になった叔父の幹を叩いた。
「漸く、瑞樹さんとの約束が果たせたね」
瑞樹さんは、ハナミズキとなって叔父の元に戻って来たのだ。叔父は嬉しさを表すかのように、初夏の気配を含む風に枝葉を揺らした。
そのハナミズキの幼木は、あと何年かすれば可憐な花を咲かせるようになるだろう。そのころには、来月生まれるであろう私たちの子も、すでに歩けるようになり、三人で、あるいは甥っ子を含めた四人で、ここに来ることができるだろう。
私には、今からそれが楽しみでならない。
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