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この油揚げは、暑い中、毎度毎度ご苦労なことだと言って、お八つにでも食べろと、豆腐屋の親父がくれたものだった。男はモノ欲しそうに、私の方を見た。
「俺にそのお揚げをくれないか。ただでとは言わない。代わりに俺の商売道具の一つをやる」
私はあまり乗り気ではなかった。この油揚げは、後で火で炙って食べようと決めていたのだ。だが、男が熱心なのと、男が何を売っているのかという好奇心から、とりあえず、私は身を乗り出した。
広げた布の上に並べられていたのは、私にはてんで興味のないものばかりだった。男はどうやら植物の行商をやっているらしく、漢方薬のような木の根や様々な色や形をした種なんかが、無造作に並んでいた。
「どうだ?何か欲しいものがあるか?」
と言うのに、私は遠慮がちに首を傾げて見せた。欲しいものがないという、婉曲な意思表示だったが、男はそれを気にも留めずに、油揚げと交換するものを物色し始めた。そして、しばし逡巡した後に、緑色の楕円型の種を差し出してきた。
「これは金木犀の種だ。日本のものは種をなさないが、大陸のものはこのような種をなす。だから、これは非常に珍しいものなんだ。これなら、文句はあるまい」
そして、男はにやっと笑った。
「それに、これは後々、御前さんに良いものをもたらすだろう」
笑った顔は、ますます狐に似ていた。
そんなことを言われても、と渋ったのだが、男に押し切られるような形で、私はその種を押し付けられた。男は私から油揚げを奪い去ると、その場でむしゃむしゃと食べてしまった。その素早さに私は呆れて、ぽかんとなった。
帰り道をまた、たぷたぷと歩きながら、私はどうも騙されたような気がしてならなかった。
案の定、その夜の食卓には豆腐が並び、私はうんざりした。
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