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「・・・というわけで、昨日はさんざんだったよ」
私が暑い中豆腐を買いに行かされ、豆腐屋の親父に恵んでもらった油揚げを、道端の行商人に、珍しい種と交換という名目で巻き上げられたということを、私は叔父に愚痴っていた。
「兄貴の豆腐狂いも、相変わらずか。啓一郎も、やはりそうなのか?」
啓一郎は私の一番上の兄で、今年十八になる。
「啓兄さんも父さんといい勝負だよ」
叔父は、そうか、と片頬でひっそりと笑った。
「俺も昔は御前の祖父さんに、豆腐をよく買いに行かされたもんだった」
叔父は私の父の二番目の弟にあたる人で、薬屋を営んでいた。私は父の言いつけで、薬師になるべく、叔父の下で学ぶために、週に三回ほど叔父の家に通っていた。父は私の将来を考えて、というのもあるのだろうが、半年ほど前に奥さんを亡くした叔父を心配して、私に通うよう言ったのだろう。叔父は飄々として、自分の感情をあまり面に出さない人だったが、奥さんの瑞樹さんを亡くしたことは、相当応えていたようだった。
「その行商人ってのは、吊り目の狐顔の男じゃなかったか?」
「えっ?知ってるの?」
私は驚いて、叔父の顔を覗きこんだ。
「俺も、子供のころにあったことがある。御前と同じように豆腐屋の帰りで、油揚げを巻き上げられた」
「子供のころって・・・」
叔父の子供のころといえば、もう二十年以上も前のことではないか。あの行商人の年齢はいまいちわからなかったが、少なくともそれほど歳をとっていたとは思えなかった。叔父はそんな私の困惑を察したのだろう。
「まあ、他人の空似ってやつだろうな」
そして、人の悪そうな笑みを浮かべて、
「或いは、その男は人ではないのかもしれない」
と言った。確かに、ありえないことではないかもしれない、と一瞬思ってしまった。
冗談だ、と笑う叔父を睨みつけながら、
「叔父さんは何を貰ったのさ」
と尋ねると、どんぐりだ、という返答が返ってきた。
「はあ、どんぐり・・・。それは今も持っているの?」
「そんなわけないだろう。とっくの疾うに失くしてしまったよ」
だよね、と私は肩をすくめて見せた。
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