柏木奇譚

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私たちは縁側で涼んでいたのだが、蚊取り線香がそろそろ燃え尽きるというので、叔父は替えを取りに席を外した。私は昨日、行商人から押し付けられた金木犀の種というのを、再びまじまじと見つめた。その男は人ではないのかもしれない、という叔父の言葉を思い出し、私は急にその種が薄気味悪く思えた。どうしようかと逡巡した結果、私はこんなもの、と庭先に放り投げてしまった。それは板塀にぽんと当たり、どこかへ跳んでいった。  それから豆腐屋に行く度に、またあの男に会うのではないかと、私は内心びくびくしていたが、それから二度とその行商人に会うことはなかった。  あれから七年のときが流れ、私はほとんど一通りの薬師としての知識を身につけた。だが、私は相変わらず叔父の家へと通い続けた。一つには叔父の仕事を手伝うためという理由があげられるが、そんなことよりも、私と叔父は妙に馬が合い、自分の家よりも叔父の家の方が居心地がよかったという理由の方が大きい。  薬研で木の根を磨り潰していると、叔父が外から帰ってきた。 「おかえりなさい」 と言うと、ただいま、と言い、 「ちょっと休憩にしないか?」 と手に持った包みを持ち上げて見せながら、縁側へ私を促した。  お茶を入れて持って行き、私は叔父の隣に腰を下ろした。春の暖かな日差しが心地よく、庭には紋白蝶が二匹、連れ立って飛んでいた。 「今日は天気がいいな」 そうだね、と私は答え、叔父の土産のみたらし団子を頬張った。叔父は団子には手を伸ばそうとせず、湯飲みを抱え、どこか遠い目で春の庭の方を見つめていたと思うと、 「御前には、だいたい一通りのことは教えた。もう、一人前の薬師としてやっていけるだろう」 と静かにそう告げたのだった。
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