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「瑞樹がな、死ぬ前に言ったんだ。私はまたここに戻ってくるから、待っていてくれって。本当に死ぬ間際だった。今まで苦しそうにしていたのに、死ぬ一日前から瑞樹は本当に死に掛けの病人なのかって言うくらい顔の色艶が良くてな、始終にこにこしていたよ」
やはり、坦々とした物言いだった。
「必ず待っててやるって約束したのに、これじゃあ、守れないな」
困った困ったと言いながら、叔父は困っているようにも、自分の死期が迫りつつあるのを嘆いているようにも見えなかった。私は何だか、狐につままれているような気分になり、むしろこっちがあまりのことに呆けてしまった。
「おい、草助。そういえば、御前が昔会ったっていう狐顔の行商人を覚えているか?」
私が訝しげに頷くと、
「その種を貰うとき、何て言われた?」
と重ねて尋ねてきた。私は月日の中に埋没してしまった記憶を掘り起こそうと、がんばった。
「・・・確か、これは日本ではなかなか手に入らない珍しいものだって言っていた気がする」
「他には?」
「他には・・・。これはやがて、御前に良いものをもたらすだろうと言ってたかも」
そうか、と叔父は頷いた。そして、しばらく何かを考え込んだ後、実はな、と切り出した。
「その行商人にもらったどんぐりを、俺はまだ持っているんだ」
そんな三十年も前のものをよくも、と言いたくなった。
「それを貰ったとき、その男は俺に、いずれ約束を守るために必要になるだろうって言ったんだ」
私は叔父の言いたいことがだいたいわかったが、あまりに突飛過ぎて信じられなかった。だが、叔父は言葉を続けた。
「馬鹿げた話だとは思うが、男はこのことを見越して、俺にあんなことを言ったんじゃないかとしか思えないんだ」
叔父がそう信じたい気持ちは、十分にわかった。しかし、それが裏切られたときの虚しさを考えると、私はうんとは頷けなかった。そして、裏切られる確立の方が遥かに高いことを、私は知っていた。深刻な顔をして黙り込んでしまった私を見て叔父は、
「まあ、本気にしないでくれ。溺れる者は藁をも掴むというからな。土左衛門の戯言だ」
と朗らかに笑った。だが、それは決して自嘲めいたものではなく、叔父の目は澄んだ湖の水面のように凪いでいた。
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