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それから少しずつ、叔父は家や家業などを私に引き渡すために、引継ぎの準備をし始めた。そして、私は日々の大半を叔父の家で寝起きするようになった。叔父との残り僅かな時間を無駄にしたくなかったのだ。叔父と縁側でお茶を飲みながらする他愛のない話も、どちらかと言えば変化に乏しいその表情の一つ一つをも忘れまいと、私は脳裏に刻み付けた。今までそんなに気にも留めていなかった季節の移り変わりも、叔父と共にはもう二度と見ることができないと思うと、一層愛おしくかけがえのないものに思われた。そんな私とは反対に、当の本人はいつもと代わらず飄々と毎日を送っているのだった。
しかし、月日が経つにつれ、叔父の病いはぽつりぽつりと表面に出始め、時々具合が悪いと言って寝込むようになった。私はそれを見るのが辛く、また本人も極力そんなところを見せまいとしていることを知っているので、余計に胸が締め付けられた。
そんなある日、私は叔父に呼ばれて縁側にお茶を持って行った。今日は調子がいいらしく、顔色も良かった。縁側に差し込んでくる麗らかな日差しはすっかり秋めいて、気持ちよく晴れた空も幾分か高くなった気がした。
「先日、子供が熱を出して治してもらった御礼にって、山中さんが栗羊羹を持ってきて下さったよ」
熱く渋めに入れたお茶と、小皿に乗せた栗羊羹を叔父の前に出した。
「夏が来たと思ったら、もうあっという間に秋なんだなぁ」
と呟きながら羊羹に手を伸ばした叔父を見て、私は嬉しく思った。最近は食もすっかり細くなって、頬も大分扱けてしまっていたのだった。
私たちはいつもの他愛ない会話をしながら、お茶を飲んだ。お茶を飲みながらも、しみじみと秋の気配が深まっていっているのを感じた。そして冬が来て、春が来て、その時、叔父は私の隣にちゃんといてくれているのだろうか。そう考えているとだんだんと気が塞いできて、口数もだんだんと少なくなっていき、いつの間にか二人の間には沈黙が横たわっていた。
「そろそろ、頃合いではないかと考えているんだ」
空を見上げていた叔父が、静かに口を開いて沈黙を破った。
「頃合い?一体何の?」
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