ミセス・ミュラー

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 私はこの屋敷に来てから、鑑賞するに値する趣味の良い部屋の数々を見てきましたが、庭には出たくないというのが正直なところでした。  庭は手入れされていないと言うのではなく、女主人は荊が好きなようで、枝葉を伸ばし絡んだ荊が大部分を占め、夜は不気味な影を落とし、昼間でも異質で得体の知れないものが蠢くような感覚は拭えません。  庭は屋敷の真ん中にあり、部屋のどこにいても客人や住人を憩わせるべき場所です。 なのに荊だらけでは、ここに初めて来た客は廃墟かと思わずにはいられないでしょう。 ええ、私がまさにこの館に来た時驚いた事でございました。  ここまで気味悪さを引き出す手入れをされた庭など見た事が無いのですから、随分と変わった趣味だとしか言えません。 少し気を抜いて歩こうものなら、棘で服を裂いてしまう事がしばしばありましたから、まるで散策に向いていないのです。  そして何より、屋敷中に焚かれた香の匂いが立ち籠めていた事です。 甘さと苦味のある独特な香りで、どこか異国的な土の香りと言えばよろしいでしょうか。 悪い香りではありませんが、どこもかしこも咽かえるほど強くその香りで満たされており、慣れるまでは吐き気と頭痛がいたしました。  最初のディナーなど、その匂いの味しかしなかったのを今でも覚えております。
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