予報士

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予報士

「明日、ハレルよ」  唐突過ぎる同僚のつぶやきに、俺は相手の顔と空を交互に見た。  会社の飲み会が終わった後、たまたま帰路が同じということで、肩を並べて歩くことになった同僚。  仕事はできるし人付き合いもきちんとこなす。だけどともかく無口で、雑談時は空気の存在。はずみで二人になっても、聞き役に徹して自分から話すことはまずない。  そいつが、こちらから話を振った訳でもないのにそんなことを言うから驚いた。 「そ、うか。明日も晴れか」  見上げる空には、満天のとはいかなくてもそれなりの星。ああ確かに、この分なら明日も爽快に晴れそうだ。  しかし、そんなことをどうしてこいつはいきなり言い出したんだろう。  顔にはまったく出てないが、多分酔ってるんだろうな。それで、たまたま聞いた天気予報の内容を口走ったに違いない。  この無口男は酔うとそういう感じになるのか。なんだか結構な発見をした気分だ。 「気持ちよく晴れるといいな」 「うん」  相変わらず言葉は乏しい。でも俺は、普段は見ない同僚の一面を目にしたことが妙に嬉しくて、その夜はやたらと浮かれて帰宅した。 * * * 「大丈夫ですか?」  後輩の女子社員が気遣うように声をかけてくる。それに平気と返しはするが、本当は全然平気なんかじゃない。  朝起きたら片目がふさがっていた。見ただけで理由は知れたが、会社に半休をもらって眼科に行ったところ、自分の診立て通り『ものもらい』と診断された。  外回りとかの業種じゃないから出社しても問題はない。デスクワークがし辛い程度だ。  海賊映画の主人公とはかけ離れた、カッコよさのまるでない眼帯をして見辛いパソコンに立ち向かう。それでも何とか業務をこなし、今日は定時でいいからというありがたいお言葉に従い、帰路につこうとした時だった。  傍らに同僚が立っていた。じっと俺を見ている。もしかしてものもらいを心配してくれてるんだろうか。 「見ろよこれ。すげーだろ?」  軽口で相手の気分を和ませようと、そう口にした。けれど同僚は、乗ってくることも頷くこともせず、ただ俺を見ていた。  そしてぼそりと。 「明日もハレルよ」  なる程。明日も爽快な晴天か…じゃなくて。
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