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二章
速く、もっと、もっと。腕をこれでもかと振り、己の力をこの数秒間に叩きつける。
頭上からは日光が焼き尽くすように降り注いでいる。全身から流れ出る汗は、大きな不快感と、幾分かの快感を混ぜたような味だ。
200mの直線を走り切って、寝転んでしまいたいという欲求を必死に抑え込んでなんとか歩き続ける。走るのを止めた瞬間に汗が噴き出してくる。
この学校の第二グラウンドは、水飲み場が一か所しか存在しないために常に数人が列をつくっている。
先輩と後輩に断ってから水を飲みに行く。列に並んでいる時はとめどなく様々なことを考えてしまう性分だった。
陸上部に入った理由は特にない。だけれども、走り切った後の疲労感と幸福感に気付いたころには、もうやめられなくなっていた。
今ではすっかり生活の一部となっている。恐らく俺は走ることが合っている、と良く感じる。人よりは運動神経もよい、と自分では思っている。
ようやく順番があと一人というところまで回ってきた。この第二グラウンドは帰宅する途中の路に配置されていて、帰宅部に入っている生徒はこの部活風景を眺めながら帰路につく。
俺はよく帰宅部にいて、体が疼かないものだと感心しているが、彼らからすればこの炎天下で汗を流すことは理解できないのかもしれない。
彼らの事はよく分からない。お互いにそうなのだろう。
やっと順番が回ってきた。飲もうとして蛇口を捻ったところで視線を感じた。視線の元を何となく探してみると、ある一人の女生徒に辿り着いた。
肩ほどまでに卸された黒髪で、素直に可愛い子だな、と感じた。
一秒くらい目が合っていたと思う。列から早くしろ、という圧を感じて、焦って水を飲み、その場を離れる。
あの女の子、どこかで見たことがある。俺はさっきまでの疲労感と充実感のいくつかが色欲へと移り変わっているのを感じた。
己の体の内側がメラメラとした桃色の炎に焼き尽くされているようだった。脳が溶けていく、気づけば足が一歩、また一歩と先へ進んでいる。
しかしその歩調のリズムはてんでバラバラで、普段通り歩くように律することで精いっぱいとなっていた。
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