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三章
グラウンドと公道を分断している、緑色のフェンスを軽く飛び越える。
その時彼女はすでに数歩分先へと、恐らく彼女の自分の家へ向かって進んでいた。言葉を発しようと思っても乾いた空気しか出てこない。
心臓が今だかつてないほどの大音量を奏でている。頭にガンガンと響く音だった。何の根拠もなかったけれど、ここが自分の人生を変えるターニングポイントなのだということをそのときの俺は感じ取っていた。
まだ自分の中の炎は燃え盛っている、思考を鈍らせて、正常な判断が出来なくなっていた。それでも自分を突き動かしているものは、理性を抑圧して今足をこうしてぎこちなくでも動かしているのは、本能だ。
欲望のままに生きることは、時として批判の対象となることがある。しかし、この滾るような興奮は、自分が自分でないような感覚は、そう悪いものじゃないと思った。
「あの、こんにちは」
彼女が振り向いたのは、二回目の声掛けだった。
彼女は振り向いてもこちらを見たが、どうして自分が声をかけられたのかがよく理解出来ていないようだった。
そして、女性というものは心を開くまではコミュニュケーションを取ることが容易ではないということを、後の俺は知っている。今の俺は知らないわけだが。
「今日、授業中に廊下で会ったよね」
俺の言葉を聞いて、彼女はようやく合点がいったらしく、少し表情が柔らかくなったように感じた。初対面じゃあないということが彼女を少し安心させたように見える。
「立ち止まるのもなんだし、歩きながら喋ろうよ」
彼女はその誘いに頷き、二人の間に約一歩分の間隔を開けながら歩き始めた。
そうなってから自分が部活もサボっていることに気が付いたが、右となりを見ると赤くなっている横顔を見つけて、そういう日も悪くないなと思い直した。
夕焼けは二人ともを少しだけ橙色に染めあげている。たとえ彼女が俺をまじまじと見ても自分の頬が赤くなっていることはバレやしないだろう。
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