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「なあ」
後ろから肩に手を置かれる。恐る恐る振り返るとそこにはさっき一緒に走り切った先輩がいた。
「はい…。なんでしょうか。今から水を飲みに行こうかと思っていたんですが」
「一つだけ、質問に答えてくれればいい、すぐにすむ」
俺は先輩の目を直視することが出来なかった。
「最後、お前は俺を抜くことが出来たよな。まさか、俺に花を持たせるためにわざと負けたとか、そういうことはないよな」そういう先輩の声は、少し震えていた。
軽く上を向いて、空模様に尋ねる。一体何と答えればいいのだろうか、先輩の足はすごく速いから自信を持てと慰めればいいのか。
たった今、手を抜いてきた下級生にそんなことを言われて、傷つかないわけがない。迷いに迷ったあげく、俺は、逃げてしまった。
「手を抜いたとか…そんなわけないじゃないですか。実力です。そう、先輩は実力で俺を倒したんですよ。最近すごく練習頑張っていたし」
俺の言葉はそこで遮られた。
そうか、と先輩はただそれだけを言い残して、俺を追い抜かして歩いて行った。
後悔の念が自分を覆いつくすような感覚に陥った。
自分の胸のあたりに、黒いもやがまとわりついて締め付けて離れない。呼吸もしにくくなっている。自然と視線は斜め下を向いている。今日の天気は何なのだろう。
後ろから追いかけてきた同級生が声をかけてくるまで、俺はそこに立ち尽くしていた。
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