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六章
「したいこととかあるのか? 」前を向きながら言う。
「んー…。難しいこと聞きますね」彼女は顔をしかめる。
「一つくらいあるだろ、聞くから言ってみろ」
「あるにはありますよ」でも、と言葉を詰まらせる。「その夢がなくなっちゃたりしたらと考えると、少し怖いです」
よく言っている意味が分からなかったが、横から見える顔はやけに真剣みを帯びていた。
だから何も言うことが出来なかったし、する必要もないと思った。誰にだって聞かれたくないことくらい存在する。
それから少し静寂が二人の間を通って行った。最初に声を掛けた時ほどではないが、緊張で胸がうるさい。
一緒に帰るようになって今日で一週間目を迎えていた。そこで俺は勇気を出して彼女を遊びに、デートに誘うと決意していた。
なあ。と切り出す。「来週の日曜日、どっかに遊びに行かないか」恥ずかしさでつい反対を向いてしまう。
言った。言ってしまった。頭が真っ白だ。何か他の伝え方の方が良かったのかもしれない。そこまで考えて、勇気をもって彼女をチラと見る。
そこには、やけに硬い顔をした彼女がいた。顔だけではなく、全身がぎこちなくなっているようだった。
「誘って頂けたのは、嬉しいです」でも、と言葉を続ける。
「私じゃない方がいいと思いますよ、私より素敵な人はいると思います」その声には感情が乗っていない、モノクロだ。少なくとも俺はそう感じた。
「そういうことが聞きたいわけじゃない。お前が俺と遊びたいかが大事だろ」頭に血が上ってつい口調が荒くなる。
しかし、彼女は俺の口調が悪いのを気にも留めていない風だった。
「先輩は不思議な人ですね、私みたいなのがいいなんて。変態です」
「それでどっちだ、来るのか来ないのか」
「そうですね。来週の月曜日の私にもう一度聞いてください。それまでに決めておきますよ」
「来週の月曜日の私? 不思議な言い方をするなよ、いつだってお前はお前だろ」
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