罪人

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深夜、十一時三十分。 杉松市郊外の辺鄙な場所にくすぶる二流進学校の赤森県立杉松東高校。その校庭と外界とを隔てる緑色のフェンスを乗り越える影がある。獣ではない。それは人影だった。人影は月明かりを反射し、一瞬だけ鈍く光った。 春の夜の凍てつく校庭には、ただ一人を除いて人影はない。 人影が走った。 人影は男だった。その男の名は多岐直彦。杉松東高校の三年生だ。 多岐直彦は高校の卒業を明日に控えた今、彼自身による彼自身のためだけのさよならの儀式のために、寒さに臆する身体に鞭打って全身黒ずくめの姿でここにいるのだった。 多岐直彦は校庭の中心に立ち、春の夜の空を見上げた。月の裏側が見える。そんな気がした。 やがて、多岐直彦は悟りを開いたかのような安らかな顔となった。そして、意を決した後、背中の重く巨大なリュックを肩から下ろした。
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