罪人

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パンパンに膨れ上がった巨大なリュックのカバーを開け、多岐直彦はその中に右手を突っ込んだ。 リュックから多岐直彦が自身の右手を抜くと、その手には淡い桃色のブラジャーが握られていた。 「青木はるか。65B。収集場所、バスケットボール部部室」 多岐直彦は凛としたよく通る声で呟き、手にしたそれを暫し見つめた。やがて多岐直彦は、名残惜しげに校庭の地面にそれをはらりと放り投げた。 青木はるかの桃色のブラジャーは儚げに空を舞い、月の光の下で地面に横たわり、その永い役目を終えた。 多岐直彦は、再びリュックの中に右手を突っ込んだ。 抜き取ったその右手には再びブラジャーがある。その淡い水色のブラジャーを見つめた多岐直彦は、愁いに満ちた瞳を伏せてささやいた。 「夏木ありさ。70I。収集場所、女子生徒寮にて……」 多岐直彦は手にしたそれを天空に高く差し伸べ、顔に押し付け大きく深呼吸した。やがて、その手を放した。 夏木ありさの淡い水色のそれは、カップの容量が人並み外れて大きく重いせいか、真っ直ぐに地面へと落下した。 「さようなら、僕の愛しい下着。さようなら僕の思い出の日々よ」 多岐直彦は澄んだ瞳をゆっくりと伏せ、リュックの中を見つめた。 多岐直彦が三年の歳月をかけて盗み取った色とりどりのブラジャーは、百人分百三十着にも及んだ。 百人分百三十着の、同級生や下級生、更には既に卒業していった上級生達のブラジャーが、丈夫なナイロン製の巨大なリュックの中に限界まで圧縮されて押し込まれていた。 多岐直彦はリュックの中に右手を突っ込んだ。 今、彼は、彼自身による彼自身のための訣別の儀式を遂行しているのだった。 高校卒業を前に、これは是が非でもやらねばならない必然の儀式だった。
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