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エピローグ
白い半月が、海上に浮いていた。
舳先に似た細い岩場に腰掛けると、俺は濃紺の海を眺めた。
「……終わったよ。賢太」
4年前、最愛の恋人が命を絶った。
『たかが3年だ。あっという間だから』
彼は、俺と一緒に渡米する費用を稼ぐのだ、と五龍製薬のアルバイトに応募した。
太陽が似合う健康的な男だった。なのに、亀龍島から戻った彼は別人のようにやつれて、精神を病んでいた。左肩には『R』の傷痕があり、訳を訊いてもただ泣くばかりだった。そして、ある冬の朝――始発電車に身を投げた……。
風が吹き抜ける。夜の終わりが近いのか。
天空には、弱い月明かりを逃れた星々が貼り付いている。賢太に教わった星座が幾つか見えたが、すぐに滲んで流れた。
単調な波音に包まれながら、数時間を過ごした。
空の色が変わる。月は消え、星が薄らぎ、藍と青の中間、深くて鮮やかな静寂の色が世界を満たす。
俺は、ゆっくりと立ち上がる。西の端が微かに白み始めている。穢された屍を晒したくはない。
「賢太、待たせてごめん」
夜から朝へと移ろう一瞬。清浄な空気を胸一杯に吸い込んで、空と海が溶け合う青い世界に飛び込んだ。
【了】
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