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最後に部屋に行った後、社内でキシとすれ違ったことは二回ある。二回ともキシは誰かと一緒で、少し笑って目で挨拶した。
僕は、自分がどうしたか、憶えていない。
その時も、会えた、とは思ったのだが。
「顔が赤くなってる」
と芝田が言った。
「会うとまずいの?」
最初に会計を済ませて、注文したものを受け取る店だった。
入口の方を見ると、キシと佐倉さんはまだレジカウンターにいた。
「いや、たぶん大丈夫」
座席は、僕と芝田がいるスペースと、その奥の階段で上がる二階にあった。
「挨拶すると思うよ」
僕は二人を見ないために、芝田に目をやった。
「まずいって顔してるけどな」
と芝田が言う。
芝田といるのをキシに見られたくなかったし、「元彼」だと気づいてほしくなかった。
キシに誘われなければ、自分から連絡して芝田と会っているのが僕の本性で、それはキシには隠しておきたかった。
頭の中の笑い声は嘲笑に変わり、僕が自分を笑っているのだった。
これまでキシからうまく隠していたつもりだったが、それ自体が勘違いなのだろう。
いずれにせよ、もう会えなくなる人だ。
しばらくして、佐倉さんがこちらに向かってきて、笑顔で僕に手を振った。
僕も笑顔を作って、立ち上がった。
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