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椅子に座り直すと、すぐにキシが来て、黒いトレイにアイスコーヒーとケーキっぽいものを載せていた。
「どうも」
とキシは言い、僕は片手を上げた。
キシはブルーのシャツを着て、少しだけ袖を折ってたくし上げていた。部屋着とスーツ以外の彼を見るのは初めてで、どきっとした。
同時に、何か妙な感じがしたが、その時はなんだかわからなかった。
顔が赤くなったに違いない。芝田が一瞬怪訝そうに僕を見て、座ったまま身を乗り出し、自分の横に立ったキシを見上げた。
「大学の時の先輩」
と僕はキシに言って、
「こんにちは」
とキシが芝田を見下ろした。
「どうも、上野がいつもお世話になってます」
芝田が言うと、キシは、
「いえ、こちらこそ」
と芝田に笑いかけ、
「じゃ、またね」
と言いながら、もう一度僕を見た。
磨き上げたように綺麗なめがねの奥の目が、あの獰猛な感じで重く光っていた。その視線は、欲望に、胸の高鳴りに、体の奥の熱さに、いつも直接届く。
心臓が思い出したように激しく打ち始め、キシは立ち去った。僕は大きく息を吐いて、冷めたコーヒーを飲んだ。
「あの二人はカップル?」
と芝田が聞いた。
「さあ…同じ部署の先輩、後輩で…」
「へえ」
芝田はしばらく黙っていたが、おもむろに僕に顔を近づけ、
「んで?あいつと何があるの?」
と囁いた。
「あいつって?」
「男の方」
「何もないよ」
「嘘つけ」
芝田は体を引いて、椅子の背にもたれた。
「あいつ、恐ろしい顔で俺のこと見たぜ」
「…」
「自分も女連れだったしねえ」
僕はテーブルに突っ伏した。ため息が出た。
「同僚とかやめとけよ、めんどくせ」
芝田が頭の上でつぶやいている。
「…あの人、会社辞めるんだって」
「男の方?」
「うん」
「それで落ち込んでたのか」
「違う」
ぐったりと疲れて、胸は痛み、欲望がざわついて残っていた。
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