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キシからの電話は、日曜の夕方5時過ぎにかかってきた。
何となく、電話があるような気がしていた。
僕は寝転がっていたベッドから起き上がり、表示を確かめて応答ボタンを押した。
「もしもし」
ー今、いい?
キシの声が耳に響いた。
「うん」
ー会えないかな。と思って電話した。
僕は、小さく息をついた。
「会うとは」
ー話したい。
「…僕は、別に話すことないよ」
キシはそれには答えず、ひと呼吸置いて、
ー昨日はどうも。
と言った。
「ああ」
ーあの人が元彼?
「まあ、そう。セフレだけど」
聞かれたらそう答えると、決めていた通りに答えた。
キシが何も言わなかったので、
「キシさん、佐倉さんとああいう関係だったの?」
と聞いた。二人に何かあるとは思っていなかったが、聞こうと決めていた。
ーあのさ、
椅子を引く時の音がして、キシは立ち上がったようだった。
ーそういう関係だったのは、上野だけだよ。
僕は目を閉じた。
ー俺、そんなにあちこち行かないよ。お前にはどう見えたかしんないけど。
キシの言葉は、聞きたかった言葉でもあり、聞いても仕方のないことでもあった。あとになって、キシを思う時は必ず思い出す言葉だった。
ー続けられないのは、俺の都合だけだから。
「キシさん」
ーだから、悪かった。
「謝られても、意味ないよ」
キシが黙り込んだので、僕は思いきって口を開いた。
「さっき、会おうって言った?」
ーうん。
「セックスだけなら、会うよ」
電話がかかってきたら言おうと思っていたことは、これで全部言ったことになる。
キシの沈黙はその後長く続き、胸の痛みに耐え切れず、僕はベッドに仰向けに倒れ込んだ。
陰惨なストーリーを生成する心が、時折、合図のように穏やかな夢を送ってくる。
白いリボンで飾られたプレゼントは、心が見せた別れの風景だとわかっていた。
夢の中で、嬉しそうだったキシは、あのブルーのシャツを着ていた。
袖は少しだけ折ってたくし上げられ、僕が開けることのない箱をテーブルに置いた手は、既に優しい記憶に変わっていた。
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