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「……笑わない?」
「それは保証できないなぁ。あはは」
「じゃあ教えない」
「ありゃりゃ、それは困るな。笑わないから、笑わないから」
彼は一体どこまで本気なんだろうか。桑折さんには分からなかった。
でも、天道君は悪い人ではない。約束は守る人だ。その天道君が笑わないと言うのだから、きっと笑わないだろう。
桑折さんは、溜息一つついた後に、思い切って話し始めた。
「人間ってね、一生の間に笑える回数、とか、エネルギーが限られていると思うの」
目を伏せたまま、桑折さんは静かに語り出す。天道君以外に聞く人の無い、誰にも話した事のない桑折さんの心の内。
「そのエネルギーを、少しも失いたくない、無駄にしたくないの。この体の、つま先から頭の天辺まで、細胞の隅々まで笑いのエネルギーを蓄積していたい。一滴も漏らさず、逃さず、この体の中を満たしていたいの。
……質量保存の法則って知ってる? 体の中から外へ漏れ出さない限り、ちゃんとずっと、体の中に残り続けるのよ」
話しながら、桑折さんはちらりと天道君を見る。天道君は、約束通り笑わなかった。黙って聞いていて、そしてこれまで見た事のない真剣な顔で質問をする。
「そうして、どうするの?」
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