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「そうして……人生の一番幸せな瞬間に、ありったけ全部、はき出すの。一生分の笑いを。頭の天辺から、ううん、髪の毛の先から爪先までの、あらゆる細胞に溜めた全部のエネルギーを。それはきっととても幸せで、人生の最高潮だわ。その日まで、私は笑わないって決めているの」
桑折さんはそう答えた。静かな廊下に、再び一瞬の静寂が戻る。
――こんな下らない理屈、果たして誰がマジメに受け取るだろうか。
「笑う?」
桑折さんの質問に、頭を振って答える天道君。
「いや、笑わない。そう約束したしね。それに、立派な哲学じゃないか」
哲学。そういう風に言われるなんて、思ってもいなかった。こんな話を笑いもせずに真剣に聞いてくれる天道君が新鮮だった。
こんな風に話を聞いてくれる人だったのか。桑折さんは意外に感じながらも、話を天道君に戻す。
「最初の質問に戻っちゃうけど、天道君はどうしてそんなに笑うの? いつも不必要なくらい笑っているけれど、何か哲学があるのかしら?」
「おっと、今度は僕の番だね。ははは、必要だから笑うのさ」
三度静けさを取り戻した二人きりの廊下で、ほんの一瞬、暗い影が天道君の瞳の中を過ぎったが、桑折さんはそれに気付く事が出来なかった。
そしてゆっくりと話し出す。天道君自身の話を。まるで日常会話のような口振りで、にこやかに。
「え~と、今僕は養父母の家にいるんだけど、ちょっと前まで孤児院にいたんだ。生みの親に捨てられちゃってね。
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