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なみの声はふるえている。驚きよりも怒りに満ちているようだ。
「あ、あたしはなんもしてないよ。こいつに無理矢理つれこまれたんだからさ。」
女はそう言うと、あわてて乱れた服を直して部屋を出て行った。
後にはヒロシと呼ばれた男と、なみの二人が残されているのみだ。
重くて気まずい空気が二人の間にただよっていたが、なみが先に口をひらいた。
「ヒロシ。あなた、もうめちゃくちゃじゃない。この前だって暴力事件起こしてるし、女は連れ込むし、刑事やってる私の立場も考えてよ!」
その声には悲痛な響きが込められていた。
が、ヒロシにはただ責められているとしか感じられない。
「うるせえ、がたがたぬかすな!」
そう言い捨てると、彼はなみを"どん"と押しのけて外へ出て行った。
「ヒロシ!」
なみのすがりつくような叫びは閉められたドアに虚しく反響するだけだった。
おそらくまたほかの女のところを渡り歩くのだろう。なみは力なくソファに座ると、ため息をついた。
「どうしてこうなっちゃったんだろう・・・。」
なみがヒロシと付き合い始めたのは、お互いが高校三年生のときだった。その後なみは進学し、彼は自動車の整備工場に就職した。
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