霧雨。

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「あれ・・・?」  さしかけたその傘を、その人は軽く払った。  濡れた前髪から勝ち気な瞳が覗いている。  露わになった冷たい顔が、ゆっくりと何かを告げた。  そして、くるりと背を向け歩き出す。 「どうしたの、あれ・・・?」  ざわめきに耳を傾けながらも、可南子の視線は二人から離れなかった。  聞こえなくても、解る。  無粋だ、と言ったのだ。  霧雨を、そんなもので遮るなんてと。  真神勝己は去っていく背中をしばらく見つめたあと、静かに傘を閉じ、白衣を脱ぎながら跡を追う。長い足であっという間に距離を詰め、ふわりと脱いだばかりのそれを肩に掛けた。 「うわ・・・っ」  出刃亀たちの間で喜色に溢れた声が上がる。  観られているなんて気が付かない彼は、兄の身体を白衣で包んで、追い越すように先を歩いた。  今度はさすがにあっけにとられたであろう兄は、白衣に包まれたまま立ちすくみ、足早に先を行く広い背中に見とれている。  そして、すぐに駆けだしてその背中を拳で突いた。 「・・・あ、これは私にも解る」 「わかるわねえ」  観衆たちがクスクス笑う。  『この女たらしめ』  『何処でこんな技覚えたんだよ』  まあ、そんな所だろう。  そのまま、何度も小突かれながらも真神勝己は歩調を緩めて前へ進む。  少し、跳ねるような歩調の兄に悪戯を仕掛けられながら悠然と進む彼は、きっと楽しげに笑っているだろう。 「折角絵になる兄弟なのに、なんだか小学生みたいね」 「まあ、所詮、男だからね」  一人がわかった風な台詞を吐いた途端、全員がけらけらと笑い、彼女たちは仕事へ戻っていった。  気が付いたら、霧雨はいつの間にか上がっていて。  雲の切れ間からすうっと夏の光が降りてくる。  きらきらと光の粒が舞う向こうへ、二つの後ろ姿が吸い込まれていった。   「あんな顔、初めて見た」    白衣を脱いで、先行く人を追いかけた横顔。  優しい微笑みが、霧雨の中に溶けて。  孤独を知る、男の顔になる。    雨の向こうの、秘密の花園。
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